或る大学生の書き溜め

閲覧してくださる方に少しでも違う価値観に触れていただければと思います。

「テレビ」というメディアはオワコンなのか?

こんにちは、おっかむです。

最近友人の間で話題になっているのことがあります。それは

「最近マジでテレビ見ないよなwww」

「ここ1か月で見たのサッカーの代表戦くらいだわwww」

こんな感じで、周りにまともにテレビを見ている人がいないという事です。

一般的には若者のテレビ離れなどと括られていますが、それがどのような要因によるものなのか、私の周りの状況から考えていきたいと思います。

①バラエティー番組=茶番

 まず個人的に感じているのがこれです。例えば「〇カっとジャパン」など。(笑)悪者が最終的にやられるという勧善懲悪モノです。あくまで個人的にですが、このような番組を見ていると私は再現VTRにおけるその「悪者」のわざとらしい悪行を「痛々しい」「恥ずかしい」と感じてしまいます。おそらく共感性羞恥と呼ばれるものです。

 その他最近では、「とりあえず外国人に日本sugeeeeさせる」番組が非常に多く感じています。日本が称賛されることは嬉しい事ではありますが、拭え切れない台本感…

 いずれにしても感じるのが、テレビ側の意図する笑いや驚き、感動に視聴者側が合わせなければならない「しんどさ」 これがテレビ離れの要因の一つだと思います。

②若者の興味の多様化

 これに関しては、「若者興味の多様化がテレビ離れを引き起こした」のか、「テレビ離れが若者興味の多様化を引き起こした」のかどちらか判然としませんが、おそらく相乗的なものであると思います。

 音楽を例にとって考えてみましょう。私自身は音楽について全く詳しくないのであくまで印象論なのですが、10年ほど前(コブクロの蕾がレコ大とったくらい)までは、いわゆるヒット曲というものは、日本人全員が共有し日々の話題になるものでした。しかし現在では、「レコード大賞は〇〇が受賞!」「…誰だそれ」といったこともしばしば。

 ただ単に私が世間知らずなだけかも知れませんが、かつてはそのような世間知らずな人々も流行に巻き込む力がテレビにはあったように思えます。

③報道の偏向性

 昨今最も叫ばれているのはこれでしょう。この問題については慎重に検討をしていく必要があると思います。現在私が考える大きな流れとしては、

1.テレビの報道が政府批判を中心としたものになる。

2.若者がそのようなテレビの姿勢に疑問を持つ。

3.若者は次第にテレビではなくネットを情報源とするようになる。

4.国政選挙などで参政権を主に行使しているのは、ネットではなくテレビを情報源とする世代(主に高齢者世代)であるので、そこで世論が形成されてテレビもそこに迎合していく。

 このような悪循環があると思います。

 最近センセーショナルにツイッターで流れている画像があります。↓

CatNA on Twitter: "BS-TBSの番組『今、あなたが信用できないのは?』
安倍総理 20%
ネットSNS 10%
新聞やテレビはランク外・・・・嘘クセー。(笑)… "

f:id:ttomk:20180507020725p:plain


もはや突っ込みどころが多すぎてここでは言及しませんが、このような印象操作(といってもいいでしょう)に嫌気がさして若者はテレビを見なくなるのでしょう。

 しかし、メディアの偏向性は完全に否定されるべきではないと私は考えています。メディア論の1つとして、「番犬としてのメディア」というメディアの役割があります。

 これは簡単にいうと現行政府を監視するという役割であり、その意味ではテレビは「偏向」と言うべきではなく「番犬」であるかもしれません。また、テレビに中立性を求める声もありますが、完全に中立なメディアを作ることは不可能であるので、さまざまな方向を向いたメディアをバランスよく取り入れて、視聴者側が消化し主体性をもって世論を形成する必要があると思います。

 実際にテレビがオワコンだと言われるようになった今でも、視聴率10%を超える番組はたくさんありますし、単純計算で視聴率10%というのは1300万人が見ているということなので、これは他のどのメディアより影響を与えることには変わりありません。ですので、テレビをそのネガティブな部分だけを見て頭ごなしに否定するのではなく、視聴者がテレビをメディアの中の1つの「選択肢」として考えることがまずは肝要ではないかと私は考えます。

上手くまとまっていないかもしれませんが今日はこのような感じで。

ではでは。